憲法における自由主義ないし人権保障とは、国家から侵害を受けないことを意味する。そして、人権が不可侵のものとして保障されている以上、国家は人権を制限できない(国会は人権を制限する法律を制定できず、行政権は人権を制限する行為ができない)のが原則である。
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しかしそれでは、例えば通貨偽造を犯した者を処罰することもできず、他人の名誉を毀損する言論を制限することもできず、およそ近代国家は成り立ち得ない。そこで、一定の場合には人権を制限できる(国会は人権を制限する法律を制定できる)とすべきとの価値判断がなされる。
人権を制限できる場合としては、「憲法が特に認めた場合(18条等)」があるが、それ以外にも一般に「公共の福祉」12条を根拠に制限できるとされる。
公共の福祉を根拠とする人権制限
公共の福祉を根拠に人権を制約できるとされる場合、どのような基準・範囲で人権を制限できるか、すなわち「公共の福祉」の意味については争いがあり、22条や29条のような明文がある場合に限って制限できるとする説もある。しかし、通説は、すべての人権について制限が可能と解しており、その理論構成として「公共の福祉は各個人の基本的人権の保障を確保するため基本的人権相互の矛盾・衝突を調整する「公平の原理」であり、したがってすべての人権について制限できる」との論旨を主張している。(一元的内在制約説)(一定の場合には国家はすべての種類の人権を制限できるとすべき との価値判断が最初にあり、その条文上の根拠として「公共の福祉」が用いられ、公共の福祉とは…公平の原理である とする解釈が採られる) このように、公共の福祉を人権相互間の調整原理であると考えることによって、制約はすべての人権に内在するものという結論を導くことになる。そこで、「公共の福祉」という語は明文上、12条、13条、22条1項、29条2項にしかないものの、すべての人権が「公共の福祉」により制約され得ることとなる。
但し、そこでは制限目的の合理性と制限手段の合理性が必要とされ、これらの合理性がない立法は立法権の裁量を逸脱し違憲とされる。但し、制限目的や制限手段の具体的限界や司法審査における判断基準(合憲性判定基準/違憲審査基準)は、権利の性質によって異なる。
その他の根拠に基づく人権制限
公共の福祉を根拠としない場合でも、憲法が特に認めた場合には人権は制限できる、とされる。
憲法に規定がある場合(刑罰・財産収用・租税賦課/徴収・憲法尊重擁護義務)
公共の福祉を根拠とするのに問題があるが、憲法の明文もない事例として、在監関係・公務員関係・未成年者の人権制限がある。これらについては、「憲法秩序の構成要素」であるから という論拠と、未成年者の保護・育成のため憲法が認めている という論拠を主張する説が有力である。
憲法秩序の構成要素とされる場合(在監関係・公務員関係)
未成年者の保護・育成のための措置(未成年者の人権制限)
これらの場合も制限目的の合理性と制限手段の合理性が必要とされ、これらの合理性がない立法は違憲と考えることができる。
国家からの自由という理念から、日本国憲法の重要な原則である基本的人権の尊重が導かれる。前文では「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し(後略)」と規定され、11条では「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と宣言されている。また、「表現の自由」(21条1項)など第3章の詳細な人権規定、権力分立による権力集中の防止(これによる権利の濫用の防止)、裁判所の違憲立法審査権(民主的意思決定による基本的人権の侵害を防止・81条)、憲法の最高法規性(第10章)など、ほとんどすべての規定が自由主義の理念のあらわれといえる。
平和主義(戦争放棄)
平和主義は、自由主義と民主主義という二つの重要な理念とともに、日本国憲法の理念を構成する。平和主義は、平和に高い価値をおき、その維持と擁護に最大の努力を払うことをいう。平たくいえば、「平和を大切にすること」である。
平和主義の内容は、
人権 平和的生存権の権利性 - ただし、判例及び有力説は、平和的生存権の権利性を否定する。
統治
戦争の放棄
戦力の不保持
交戦権の否認
国務大臣の文民性
とされる。
平和状態が国民生活基盤において重要であることについてほとんど争いはない。むしろ、その平和な状態を国際秩序においていかにして確保するかという点で、激しい論争がある。平和主義は、多くの国で採用されている国際協調主義の一つと位置づけることができる。深刻な被害をもたらした第一次世界大戦後、自由主義・民主主義と結びつき、国民生活の基盤としての平和主義が理念として発展した。
しかし第二次世界大戦後の日本では歴史的経緯をふまえ、日本国憲法前文および9条に強く示されるように、国際協調主義を超えた平和主義がめざされてきたと指摘されることもある。
日本国憲法は9条1項で、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と謳っている。さらに同条2項では、1項の目的を達するために「陸海空軍その他の戦力」を保持しないとし、「国の交戦権」を認めないとしている。つまり、国際平和のために日本は戦力をもたない、ということである。この点について、まず、日本は自衛戦争も放棄したとする解釈がある。この解釈は自衛の為の武力行使さえも行き過ぎると戦争に及ぶものとしたもので、即ち日本は全ての戦争を放棄しているとの解釈である。この解釈の背景には、近代以降の戦争の多くがたとえ侵略的性格をもったものであっても大義名分としては自衛や紛争解決等の名の下に行われてきたことから、「正しい」戦争の範囲を定めることは実際には困難であるという問題意識がある。またこの見解に立つならば、武力を持たなくても安心な世界を実現するにはどうしたらいいかという根本的な問題が議論されなければならないことになる。
他方、憲法9条は、国権の発動たる戦争を放棄しているが、多国籍軍の制裁戦争(国際法上の戦争概念)への参加や、独立国家に固有の自衛権までも放棄することを意味しない、とする解釈もある。この見解によれば、国家がその平和と独立を維持するためには、それを自ら防衛する権能を持つことが求められるからである。そして、自衛のための必要最小限度の実力(自衛隊)は、2項に言う「戦力」にあたらないと解される(1950年代以降の政府見解)。このように、平和主義と自衛権の行使は、対立するものではなく、達するべき目的とそれを実現するための手段という関係にある、という解釈も成り立つとされる。その代わりに政府は、海外派兵および集団的自衛権の行使(自国が攻撃されたわけでもないのに同盟国が行う実力行使に参加すること)は違憲であるという公式解釈上の歯止めを示してきた。1990年代以降は自衛隊海外派遣と憲法9条の平和主義との整合性をめぐって激しい論争が行われている。
平和主義という言葉は多義的である。法を離れた個人の信条などの文脈における平和主義は(一切の)争いを好まない態度を意味することが多い。一方で、憲法理念としての平和主義は、平和に価値をおき、その維持と擁護に政府が努力を払うことを意味することが多い。日本国憲法における平和主義は、通常の憲法理念としての平和主義に加えて、戦力の放棄が平和につながるとする絶対平和主義として理解されることがある。これは、第二次世界大戦での敗戦と疲弊の記憶、終戦後の平和を求める国内世論、形式文理上、憲法前文と第9条が一切の戦力・武力行使を放棄したと解釈できること、第二次世界大戦以降日本が武力紛争に直接巻き込まれることがなかったことによって支えられた、世界的にも希有な平和主義だとされる。この絶対平和主義については、安全保障の観点がないのではないかという意見がある一方で、世界に先んじて日本が絶対平和主義の旗振り役となり、率先して世界を非武装の方向に変えていこうと努力することが、より持続可能な安全保障であるとの意見がある。なお、これらとは別に自衛権は自明の理であり、自衛権の行使は戦争には当たらないとする意見がある。
権力分立制
権力分立制は、国家権力の集中によって生じる権力の濫用を防止し、国民の自由を確保することを目的とする制度である。
権力分立制は、古典的には、立法・行政・司法の各権力を分離・独立させて異なる機関に担当せしめ互いに他を抑制し均衡を保つ制度 といわれ、自由主義的・消極的・懐疑的・政治的中立性という特質を持つ。
ただし、近代においては、ある程度の変容を伴うのが一般的であり、ある程度の変容を伴ったものも、近代的権力分立制として認められる。
日本国憲法では、国会の内閣に対する統制強化 と 司法権の強化 という特徴を持つ。
国会の内閣に対する統制とは、具体的には議院内閣制や国会の最高機関性 であり、国民主権主義と行政権肥大に伴う行政の権限濫用の危険増大に対応したものといえる。
司法権の強化とは、具体的には行政事件についての裁判権や違憲立法審査権 であり、法の支配の原理に基づくものといえる。
国民主権主義(民主主義)
民主主義は、平たく「民衆による政治」ともいわれ、この理念をもとにした政治形態は民主制(民主主義制、民主政)と呼ばれる。
民主主義を具体化したものとして、日本国憲法では、国民主権主義(前文 1段1文 §1)が採られる。
「主権」とは、国家の統治のあり方を最終的に決定し得る力である。
そして、国民主権の意味については、国家権力の正当性の根拠が全国民に存すること(代表民主制が原則)のみならず、国民自身が主権の究極の行使者であること(直接民主制が原則)も意味する とする折衷説が通説である。
そして、国民主権の内容としては、以下のものが挙げられる。
人権
参政権
選定・罷免権 15条 44条 (国会議員 44条 地方公共団体の長 93条2項 国民審査 79項)
国家意思の形成に直接参与する権利(国民投票 96項 地方特別法 95項)
参政権を補完する諸権利 (表現の自由 21条 知る権利 21条 集会・結社の自由 21条 請願権 16条)
統治
選挙制度
議院内閣制 66条3項 69条
地方自治制
国民票決制 96条 95条
国政公開の原則 57条2項 91条
国会の最高機関性
政党制
国民代表の解釈
国民主権とは、国家の主権が人民にあることをいう(日本国憲法においては国民と表現されている)。主権も多義的な用語であるものの、結局、国民主権とは国政に関する権威と権力が国民にあることをいうとされる。当初は主権が天皇や君主など特定の人物にないところに重要な意味があった。国民主権は、前文や第1条などで宣言されている。国民主権は、統治者と被統治者が同じであるとする政治的理念、民主主義の国家制度での表れである。
民主主義を最も徹底すれば、国民の意見が直接政治に反映される直接民主制が最良ということになる。現に人口の少ない国(スイスなど)や日本でも地方公共団体(地方自治法94条の町村総会、74条以下の直接請求)では、現在でも直接民主制が広く取り入れられている。しかし、現代国家においては、有権者の数が多いため直接民主制を採ることが技術的に困難であることや、直接民主制が有権者相互の慎重な審議討論を経ず、多数決による拙速な決定に陥りやすいなど、国民意思の統一に必ずしも有利ではないことから、大統領や国会議員などを国民の代表者として選挙で選出し、国民が間接的に統治に参加する体制が採られる。この体制を間接民主制(代議制民主主義)という。日本国憲法は、原則として間接民主制を採用している(前文、43条など)。例外的に、憲法改正国民投票(96条)、最高裁判所裁判官の国民審査(79条)など一部の重要事項についてのみ、直接民主制を採り入れている。
「民衆による政治」は、「民衆によらない政治」との争いの中で次第に洗練され、現代の民主主義は、より実質的に「民衆による政治」の実現を目指す理念になっている。この理念の下では、単に投票ができることにとどまらず、政治に関する多角的な意見を知り、また発信できることなど、個人の権利が重んじられることが前提とされる。現代民主主義が、自由主義や個人主義を基盤にしていると指摘されるのはそのためである。
この「民衆による政治」という理念から、日本国憲法において国民主権が重要な原則として制度化された。前文では、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し(中略)ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」と表現されている。民主主義の憲法上のあらわれとしては、国民の選挙権(15条)、国会の最高機関性(41条)、議院内閣制(66条など)、憲法改正権(96条)など、多くの規定が見られる。
法の支配
大日本帝国憲法のとる狭い意味の「法治主義」に対置する概念。「法の支配」とは、「人の支配」つまり権力者の恣意的判断)」を排して、理性の法が支配するという概念で、英米系法学の憲法の基本的原理を取り入れたものである。
この「法」は、自由な主体たる人間の共存を可能ならしめる上で必要とされる「法」とされ、国民の意思を反映した法、すなわち日本国憲法である。そこで、憲法に基づいて権力が行使されたか否かを審査する裁判所がなければならず、制度的には、裁判所に違憲立法審査権を与え、憲法の番人としての司法の優位が確立し、「法の支配」が守られる様に担保している。
法の支配の内容としては、
人権
基本的人権の永久不可侵性 11条 97条
法律の留保を認めない絶対的保障 3章
法律の手続き・内容の適正
制限規範ゆえに最高法規性が認められる 97条 98条1項
統治
裁判所の自主・独立性 77条 78条 80条
行政事件を含む争訟の裁判権 76条2項
法令審査権 81条
統治者に憲法尊重擁護義務 99条
が挙げられる。
日本国憲法の構成
日本国憲法の本文は、11章103条からなる。大別して、人権規定、統治規定、憲法保障の3つからなる。人権規定とは、国民の権利などを定めた規定であり、主に「第3章 国民の権利及び義務」にまとめられている。このことから、第3章は、別名「人権カタログ」と呼ばれている。統治規定とは、国家の統治組織などを定めた規定であり、「第1章 天皇」「第4章 国会」「第5章 内閣」「第6章 司法」「第7章 財政」「第8章 地方自治」など多岐にわたる。憲法保障とは、憲法秩序の存続や安定を保つことであり、そのための規定や制度としては、憲法の最高法規性が宣言され(98条)、公務員に憲法尊重擁護義務が課され(99条)、憲法改正の要件を定めて硬性憲法とする(96条)ほか、司法審査制(81条)や権力分立制なども挙げられる。
日本国憲法は、本文の他に、上諭と前文が備わっている。
上諭とは、単なる公布文であって憲法の構成内容ではない。しかし、制定法理との関係で問題となり、注目される。この上諭には、「日本国民の総意に基いて」という国民主権的文言と、天皇主権の帝国憲法の改正手続が並列して記されているからである。(下記「制定法理」参照。)
前文とは、法令の条項に先立っておかれる文章であって、その法令の趣旨・目的・理念などを明示するものである。日本国憲法の前文には、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という日本国憲法の三大原理が示されている。特に、大戦直後という歴史的背景から、平和主義が強調され、これを根拠に個人の人権として平和的生存権を導く見解もある。もっとも、権利の内容と主体がはっきりしないため、理念的な権利としてはともかく、裁判で主張できるような具体的な法的権利性を前文から直接に導き出すことは困難であると一般的に考えられている(参照:恵庭事件)。